またタイトルにダジャレを放り込んでしまった。気づいてもらえないと空しいからと言って、それを書くのはダサい。
昨年の秋、初めてパックツアーを利用して佐渡に行った。
年に一度ぐらいはそれもいいな。
ということで、第二弾の今年は
壱岐・対馬の旅ということにした。
ちなみにツアーの名前は、
【往復新幹線利用/基本プラン】国境の島・対馬 神秘の島・壱岐 絶景・味覚・パワースポットの旅 3日間。
〔1日目〕
佐渡も遠かったが、九州はさらに遠いのだ。
集合は朝の6:40、新大阪駅。
我が家の最寄り駅から電車で行くには、始発に乗るしかない。
夜明け前の静まりかえった道は、キャリーバッグのゴロゴロ音が妙に大きく響く。
気を遣って駅までの半分ぐらい、転がさずに持ち上げて歩いた。
新大阪で出会った今回の
ツアー参加者は23名。(うち3名は新神戸から乗ってきた)
夫婦と見られるのが6組。女性二人組が2組。ソロ参加が男性4名、女性3名。
添乗員さんのKさんは、気のいいおっちゃん。
今回はおそらく我々夫婦が最年少と思われる。
とにかく、
おじさん・おばさん、おじいちゃん・おばあちゃんばかりの団体さんである。
旅行中にわかったことだが、最高齢は86歳と85歳のご夫婦。たぶん。
お元気やねぇ。
のぞみに乗って、一気に
博多まで。約2時間半。
そこからバスで
博多港。道が混んでいて、約20分。
予定が狂ったようで、添乗員さんはかなり慌てて手続きをして、我々が乗船したのは出発ギリギリ。港のスタッフの人たちも「ほんま、頼むで」という顔をしていた。九州の人が「ほんま、頼むで」とは言わんか。「ほんなこつ、頼むばい」とか?
ジェットフォイルというやつなので、壱岐経由で
対馬・厳原(いずはら)港まで約2時間15分。
広島で積み込まれた、「むさし」の
「銀むすび弁当」。船の中での昼食。
とてもおいしかったが、大きなおむすび三個はなかなかのボリューム。
成人女子としては普通に食べる妻も、さすがに1個と2/3を食べて諦めた。
成人男子としては普通に食べる私だが、「一ついらんか」と言われても断らざるを得なかった。もちろん完食はしたけどね。
多すぎるという文句よりは、量が少ないという文句のほうが多いんやろな。
だから少し多めにするものなんかな。
しかし、年寄りばっかりやからな。
相当数のおむすびが残飯として捨てられたと考えると、少しつらい。
妻のおむすびを断ったのは、満腹だけのせいではない。
船酔いという程ではないが、船の細かい振動がどうも苦手なのだ。
ビールを買って飲んでいた人もいたが、そういう気も起こらなかった。
【長崎県】 対馬に着いた。
乗っていたジェットフォイル。
フェリーみたいに大きくなく、甲板にも出られないので楽しい船ではない。
対馬・厳原港 いずはら、と読むよ。
厳原港ターミナル。
「日本遺産国境の島」と書いてある。
対馬は、韓国まで直線距離で約49.5km。
九州本土まで約132kmというから、韓国のほうが断然近いという位置関係。
まさに「国境の島」。
ここからは、観光バスで移動することになる。
バスガイドさんはNさんという、少々型破りなタイプの
おばちゃん おねえさんガイド。
毒舌というか、ズバズバというか、バスガイドとしてはかなりギリギリを攻めるタイプというか。おかげでとても面白かったけどな。
上見坂公園
上見坂と書いて、「かみざか」と読むようだ。
展望台があるので上ってみた。
ときどきツアー参加者のおっちゃんとかおばちゃんが写るが気にしないで。
こんな感じ。なかなか複雑な地形。平野部は少なく、島の87%が山林だそうな。
白嶽が見える。標高518m。
緑のバス。目立ってわかりやすい。
もっとも、他の団体にはほとんど出会わなかったけど。
万松院 ばんしょういん
対馬藩を治めていた宗家の菩提寺。
朝鮮国王から寄贈された三具足。
宗家一族のお墓は石段の上。132段あるらしいが、皆さんしっかり登っている。
目の前を歩くのが、2人合わせて171歳のご夫婦。
万松院の大スギ。樹齢1200年だって。
この万松院は、
日本三大墓所の一つ。
後の二つは、加賀藩主の前田家(金沢市)、萩藩主の毛利家(萩市)の墓所。
前田さんや毛利さんは何となくわかるが、宗さんのことは存じ上げず意外な気がした。
よかったら、説明をどうぞ。
石段のところどころに穴ぼこだらけの石があるのだが、これは何?
下りになると、膝が少々ガクガクする。
万関橋
この赤い橋が、「まんぜきばし」。
目の前には平均85.5歳のご夫婦。なぜか近くにいることが多い。
ちなみに、この85歳の奥さん、スマホで写真を撮りまくってFacebookに随時あげてた。
場所によっては一眼レフのカメラを首にぶら下げて、バチバチ撮影してた。
好きなことをするのに歳は関係ないなと思った。
その前には、毒舌系バスガイドNさんの後ろ姿。背も高く、スタイルも姿勢もよい。
後ろから見たら、若い美人さんかと錯覚する。そういうことは言わんでよろし。
なるほど、この川に架かっている橋なのね。と思ったら大間違いじゃ。
これ、川じゃなくて海だから。
明治時代後期、ロシアの南下政策を警戒した日本海軍が、軍艦を通すために浅茅湾と三浦湾の間を開削して航路を確保した。つまり、一つだった島が細い海で隔てられたというわけ。その間を渡るためにできたのがこの万関橋というわけ。そういうわけ。
対馬は南北82km、東西18kmという縦に細長い島。
そこまでしてもショートカットの航路を作る価値があったということでしょうな。
地図を見るとこんな感じ。確かにここだけが繋がってたような地形だ。
リアス式海岸なので入り江だらけだけど、ちゃんと海でしょ。
青い空、白い雲、赤い橋。
この辺りにいたのが午後4時過ぎ。
今日の観光はここまで。
この後は宿がある北の方まで、ずっとバスで行く。
ガイドさんも何度も言っていたが、とにかく道が曲がりくねっている。
しかもほとんど山の中を走る。右も左も、木が茂っている景色のみ。
たまに集落に入るが、特に見るものもなし。
朝4時起きだったわりには、新幹線でもジェットフォイルでも碌に眠っていない。
このバスもガイドさんの話についつい耳を傾け、眠り損ねた。
早い夕食。
今日の泊まりはビジネスホテルなので、夕食は近くの寿司屋で食べてから宿に行く。
こういう感じ。品数的にはこんなものだが、刺身をはじめ、特に感激するものではない。
特ににぎり寿司。寿司屋だからなぁ。
一昔前の100円寿司で二周ぐらい回ってきたんか思うレベルの寿司と言うたら言い過ぎか。言い過ぎじゃ。
そこまでひどくはないわ。しっかり完食したし。
帰ってから食べログなどで見たが、決して評判は悪くない。
ユーザー投稿の写真もおいしそうじゃないか。
団体客用って、こんなものなんかな。
翌日、バスガイドさんが「夕食のお寿司はいかがでしたか」と問いかけたが、誰も答えず。
普通は「おいしかった」「よかったですよ」とか言うやん。半分お世辞でも。
と、散々ディスってしまったので、店の名前は明かさない。
こぎれいな店構えの写真も撮ったが、載せないことにしよう。
ホテルに着いたが、もう真っ暗。
ホテルは
東横INN比田勝。どこにでもある東横INNですわ。どこにでもはないけどな。
高知県で26年に開業の予定があるらしく、これができたら47都道府県制覇だそうな。
夕食にチキンカレーが無料で食べられるそうだが、やめた。
自動販売機で缶ビールだけ買って部屋に直行。
大浴場もないので、風呂は部屋のシャワーで済ませるだけだった。
普通のビジネスホテルなので、部屋はもちろんきれい。
広くはないが、ビジネスホテルのツインルームってこんなんやから。
眠たくなるまでテレビを見ていた。
バスガイドさんに聞いていたので、確認したことがある。
対馬は、地上波の民放が9局入るとか。ほんまかいな。
京都府の我が家は、毎日・朝日・関西・読売・サン・京都・大阪の7局。負けた。
覚えてないけど、確かに9局あった。
全国ネット以外に長崎ローカルっぽいのがいくつもあったようだ。
当然NHK総合とEテレも。
もういいや。明日はもっとええもん食べて飲めるはず。
おやすみなさい。
zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz
〔2日目〕
おはようございます。
6時半頃目覚めて、カーテンを開けた。
おお、
オーシャンビュー! 昨夜は暗くて何も見えなかったから気づかなかった。
なかなかの絶景ではないか。ホテルの7階からのいい眺め。
そのうち日が昇ってきた。
ええやん、ええやん。
朝食はバイキング。
添乗員さんからもガイドさんからも「期待するな」と言われていたが、その通りだった。
まあ、食べられるんだからいいけど。
このホテル、対州馬を飼育しているのだが、時間が合わず見ることはできなかった。
韓国展望所
対馬の最北端に近い場所にある。49.5km先の釜山の街が見えることもあると言うが。
展望台から韓国の方向を望む。
中央の二つの丸いものがある施設は、航空自衛隊のレーダー基地だそうな。
そんな写真撮ってもええんか。載せてもええんか。
ネットにはいろいろ画像もあるのでええんやろ。
韓国が見えているのか?
ツアー参加者のみなさんも「見える」やら「見えん」やら「あれちゃうか」やら「あれは船やろ」やら「いや、その横や」やら「あれは雲か」やら「確かにあるような」やら「ないような」やら「見えたことにしとこ」やら、かしましいこと。
秋から冬の空気が澄んでいるころとか、雨上がりとか、風が強い日とかが見えやすいらしい。
ガイドさんもほとんど見えたことがないと言うぐらいだから、見えたらかなりレアなんだろうと思う。
ベテラン添乗員さんも、「そもそもここまで来るツアーがあまりないし、自分も見たことがない」と言う。
自前の双眼鏡を覗くと何となく見えている気がする。
白っぽいビル群なのではなかろうか。
丸いやつのちょっと左側、水平線のあたりに何か見えてませんか。
拡大してみた。ほぼど真ん中。蜃気楼っぽく見えてませんか。
これはどうだ。奥にあるタンカーの真後ろ。空の色が少し違うと感じませんか。
ちょっと無理かなぁ。ブログに載せるために画質をかなり落としてるからなぁ。
違う写真も入れとこ。
人がいなくなったので改めて、韓国展望所。
朝鮮国訳官使殉難之碑。
1703年釜山から対馬に向かう訳官使を載せた船が、急変した天候のため遭難し、108名全員が亡くなったという海難事故があったそうな。
しばらくバスで移動。
対馬野生生物保護センター
環境省管轄ということだが、どこにでもある公民館みたいな建物。
ここで出会えるのは、国の天然記念物・
ツシマヤマネコ。
これは剥製やけどな。
これはオジロワシやけどな。
これはシロエリオオハムやけどな。名前に少し親しみを感じたので。
突然ホンモノ来たー! 正真正銘の
ツシマヤマネコ。
体調によっては公開中止ってこともあるらしい。見られてよかった。
少し大きくしてみた。ずっと寝てるみたい。こっち向いてくれてるのがありがたい。
顔のアップじゃ。かわいいのぉ。
一枚だけ目が開いてる写真も撮れた。
何枚撮っても動きがないので、諦めてすぐ横にあったパネルを写した。
戻ろうとすると、向こうにいた人が「あ、起きた」と言ったので慌てて振り返った。
起きたけど、横向いた。
100円寄付したらクリアファイルをもらえるので、100円だけ寄付。
Tシャツやポロシャツが1,000円で売っていたが、サイズがわからんのでやめた。
ヤマネコのキーホルダーやマスコットがいくつも飾ってあったが、すべて非売品だった。
売ればいいのに。
バスガイドさんも言ってたけど、この対馬、全体的に商売っ気がないそうな。
ここからは、昨日の夕方ホテルに向かって北上した道を南下する。
例によって、右も左も木が茂っただけの山道が大半。
で、昼食は
対馬グランドホテルの「レストラン漁火」にて。
オーシャンビューのきれいなホテル。
穴子天丼、お刺身付き。
穴子天丼、おいしかったわ。これは正解。
テラスからの眺め。空も海も青いぞー。気持ちいいぞー。
このホテルも商売っ気がないというか、売店が小さい。
対馬ではほとんど買い物ができないので、ツアーのみなさん、特におばちゃん方、群がって買い物してた。
対馬博物館
2年前にできたという新しい博物館。
越高獅子右衛門(こしたかししえもん)と
みたけさん。
対馬博物館の公式ナビゲートキャラクター。
サンドアートを取り入れたスクリーンの映像など、見応えあるものがいろいろ。
写真は基本的にフリーなのだが、取り出したらきりがないと思って厳選しているうちに、この後何も撮らずに終わってしまった。
対朝鮮貿易の窓口であった対馬・宗家は、日本と朝鮮が揉めごとをうまくやり過ごすため、李氏朝鮮から預かった印を偽造してまで国書を改ざんしながら生き延びてきたという。そんな資料がたくさん展示されている。
国書の改ざんに使った偽造印をさらに模して作った偽造印を押してみよう、というコーナーもある。
そういうのを写したらええのに。
いやいや、ちゃんと写してますねん。
説明を読みたい人もきっといるに違いない。いるかな。
立派な建物。中もピカピカで近代的な空間。
ホームページもおしゃれなので、リンク貼っとこう。
対馬藩お船江跡
対馬藩の船を格納したり修理したりするための場所。
今は浅くなっているが、昔は海から乗り入れていたらしい。
説明をどうぞ。
橋の上にはカッパ。由来は知らぬ。
天気がいいと、山の稜線が実にきれいに見える。
これで対馬観光は終了。
厳原港から今度はフェリーで壱岐に向かう。
ジェットフォイルではないので、博多の中間にある壱岐まで約2時間かかる。
フェリーは甲板にも出られるので、記念に撮っておいた。
もう一枚、キラキラも写しとこ。
はじめは二等客室のじゅうたん敷きに座っていたが、やはり心地よくないので、椅子席に移った。
博多まで行く人は4時間半ぐらいかかるんだな。
壱岐・郷ノ浦港 ごうのうら、と読むよ。
着いたのは5時半ごろだったか。もう薄暗い。
後はバスで宿に向かうだけ。
今日は分宿になる。まとめて取れなかったのかな。
一つは港からすぐ近くにある
「ビューホテル壱岐」。
私たちはバスで20分ほどの
「国民宿舎・壱岐島荘」。
ホテルと国民宿舎だから、ちょいと差はあるぞ。ホテルのほうが1万円高いぞ。
金持ちはホテル、金のない人は国民宿舎。
そういうことではないぞ。ホテルを申し込んだ人も、結構早く締め切られていたそうな。
事実、ホテルに泊まったのは7~8人だけ。
私たちは金がないから、最初から国民宿舎。宿には特にこだわりはない。
宿に着いた。
昨日のホテルと違って、ここは温泉がある。
湯本温泉郷にあるのだな。
夕食前にひとっ風呂。混み合うこともなく、気分よく入れた。
有馬温泉のような、かなり赤褐色の湯。
全体的にはきれいな宿だが、部屋は狭い。
トイレがないのが、1万円安い理由かな。
でも廊下に出たらすぐにきれいなトイレがあるので、特に不便は感じなかった。
洗面所は部屋にあるし。冷蔵庫はないけど。
薄型テレビが壁に設置されている。確かに普通に置く場所はない。
ちょっと高い場所に設置されているので、部屋の端から見ても少々首が痛い。
欠点をいくつか書いたが、どれもたいした問題ではない。
ちゃんとお土産を売る売店もある。
焼酎の試飲もできる。風呂上がりに3種類飲んだ。
最初は一人だったが、そのうちおばちゃんたちがやって来て、わあわあ言うて飲んでた。
壱岐のお土産と言えば、
「かすまき」。
「かす」って、ネーミング的にどうよ?と思ったが、「かす」はカステラの「カス」。
あんこをカステラ生地で巻いたお菓子。
対馬も代表的な銘菓は「かすまき」。
基本同じものだが、対馬のほうが太くてずんぐりした感じらしい。
対馬では買うチャンスがなかったので、壱岐で買ってみた。
口の中に入れてみたら、ほとんど「どら焼き」ですな。
どら焼きがおいしいと思う人はみんな、これもおいしいと言うはず。
夕食は質・量ともに満足できるレベル。
あわびの踊り焼きもおいしかった。
壱岐の名物と言えば、
壱岐牛。ちゃんと陶板焼きで食べることができたのだった。
ビールだけではもったいない。調子に乗って
壱岐麦焼酎七蔵飲み比べ。
普段は芋焼酎ばかり飲んでいるので、麦の違いは正直よくわからないの。
壱岐は
麦焼酎の発祥の地と言われている。
麦焼酎と言えば、大分が有名。「二階堂」「いいちこ」など人気ブランドも多い。
大分麦焼酎が麦100%なのに対して、壱岐の麦焼酎は麦と米麹を2:1の割合で仕込む。
壱岐は対馬と違って、広い田園地帯があり、麦と米の二毛作が多い。
しかも地下水が豊富で、その地域ごとの水によっても味が変わる。
以上、すべて聞いたり見たりした話の受け売りでした~。
下に敷いてあった紙を汚さぬようにして持ち帰った。
興味のある酒飲みさんは、研究してみてくださいませ。
ああ、いい気分。昨日の夜とはずいぶん違うな。
おやすみなさい。
zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz
〔3日目〕
おはようございます。
部屋の窓から見える朝の風景。この宿舎もオーシャンビューだった。ラッキー。
せっかくの温泉なので、朝もひとっ風呂。
朝食はバイキングではなかった。
ええ感じの朝定食。もちろんみそ汁付き。しっかり完食。
漬物も残したくない派。海苔だけは持って帰ってもいいというマイルール。
朝はまあまあゆっくりして、お土産も多少買って、バスで出発。
今日お世話になるバスガイドさんともここで出会う。
対馬のガイドさんとは打って変わって、かわいい声の
おばさん おねえさんガイド。
非常にオーソドックスな案内をする、安定感抜群タイプ。
何を言い出すんやろ、というハラハラ感もよかったが、今日は安心して耳を傾けられるな。
昨日分かれたビューホテル組の人たちを迎えに行って、最初のポイントへ。
岳の辻展望台
岳の辻は、標高約213m。これでも壱岐の最高峰。
高いところだから、テレビ塔がいくつも建っている。
高いところだから、狼煙台の後も残っている。朝鮮半島や大陸方面の情報を九州本土に送る役割だったのだろう。
狼煙台が見上げるのは、携帯電話の中継アンテナ。
古代と現代における通信手段のご対面。
展望台からの眺め。
展望台からの眺め、第二弾。
もちろん山林もあるが、田園風景も多く見られる。対馬との違い。
桜のような木に、桜のような花が咲いていた。そういう種類?狂い咲き?
バスで北上、泊まっていた宿舎の近くまで戻る。
黒崎砲台跡
昭和8年に完成した黒崎砲台の跡。
35kmの射程距離を誇り、対馬海峡を通過する敵の艦船を砲撃するために造られたが、一度の試射のみで、実戦では使われることなく戦後アメリカ軍の指導で解体された。
この時、アメリカの火薬では爆破できず、結局日本製の火薬によって破壊するという皮肉な結果になったというエピソードを聞いた。
さて、この砲台跡のすぐ近く。
猿岩
壱岐のシンボル、猿岩。高さ45m。説明はいらんな。サルや、サル。どう見てもサル。
壱岐に行ってここに来ない人はおらんやろ。
アップもどうぞ。まぶたも鼻の穴も口も、そして頭の毛まで。サルや、サル。絶対サル。
海の向こうには、
対馬がうっすらと見えている。
ちょっと角度を変えてみた。向こう側に別のゴリラがいるようにも見える。見えん?
この後、バスで移動するとき、正面から見た。サルには既に見えんかった。
猿岩も十度変わればただの岩、と言われるらしい。
しかし、何枚載せるねん。もっとあるけど、これぐらいにしたろ。
バスにも猿岩載ってるやん。そらそうよ。
反対側もね。
少し早いが、昼食タイムになった。
場所は泊まっていた国民宿舎・壱岐島荘。
メインは、
ウニ飯。勝手に生のウニがどーんと載っているやつを想像していたが、違った。
ウニを贅沢に使った炊き込みご飯ということね。
ウニの香りはするけど、ちょっと味が濃くて「ウニー!」という感じではなく残念。
おいしいからええけど。サザエの刺身もあった。コリコリ。
同じ宿で夕食・朝食・昼食をいただくという、珍しいパターンになった。
レストランの入口付近に展示してあった
鬼凧(おんだこ)。
朝ドラ「舞いあがれ!」では五島列島の「ばらもん凧」が紹介されていたが、よく似ている。
どちらにも共通するのは、鬼が武者の兜に噛みついているという図柄。
五島の「ばらもん凧」は鬼に噛みつかれても、勇猛果敢に向かっていく武者の後ろ姿。
壱岐の「鬼凧」は、百合若大臣が鬼の大将の首を切ったところ、その首が兜に噛みついて息絶えたという図柄らしい。
さて、この後・・・・まさかの・・・・
一泊二食+昼食までお世話になった国民宿舎・壱岐島荘。
壱岐の西海岸から、一気に東海岸へ。
左京鼻
海に突き出た柱状節理の岩柱は、「観音柱」と呼ばれるもの。
上のほうが白くなっているのは、もちろん雪化粧とかではなく、ウミネコのフンだって。
こんな場所も気持ちいい。風もいい。
こういった断崖絶壁が約1km続いているということだ。
2時間ドラマのラストシーンに使えそうな場所だな。
今いる場所も結構危ない。ガードレールも手すりもない。
崖っぷちは草が茂っていて、迂闊に歩くと落下は免れまい。死ぬよ。
それはそうと。
わかるかな。
まだ無理か。拡大したらわかるって。
鬼凧が揚がってる。
バスガイドさんや添乗員さんもびっくり。
何かのイベントとかではなく、保存会の人たちがたまたま揚げに来たということらしい。
天気がよくて風が強くて、という日にときどき揚げに来るそうだが、ちょうどそのタイミングに出会えた。
幸運としか言いようがない。
揚げる準備をしていた方に、直に見せていただいた。迫力あるわぁ。
基本的にはすべて手作りだそうだ。竹を切り出し、和紙を貼り、絵も描く。
彼らは凧づくりのプロではなく、漁師さんたちが多いとバスガイドさんが言っていた。
この後も何枚か撮影したが、なかなかうまく撮れない。
ほとんど逆光になるうえ、この明るさではスマホやデジカメの画面は真っ暗なので、当たりをつけてほとんど勘でシャッターを押す感じ。
写っても小さすぎるので、ズームにすると余計に難しい。
上に載せた一つだけはっきり写った写真は、自分としてはミラクルというしかない。
小島神社 壱岐のモン・サン=ミシェルと言われているとかいないとか。
わかりにくいか。
フランスにある、
本家のモン・サン=ミシェル。今夏パリ五輪を見に行ったときに、寄って写してきた。
うそ。フリー素材を使わせてもらった。
まあまあ似てるんちゃう? 似てへんかぁ。
海に浮かぶこんもりと木が茂った島の中にある社が見えたらなぁ。それでも無理か。
この角度もええんちゃう?あかんか。
ハート型の石が三つあると言われたら探すけど。
どれもあまりに人工的で、ちょっと興ざめ。
参道は引き潮の時しか渡れない。その意味でもラッキー。
鳥居まで行って拝んで戻った。社に行く道はちょっと危ないらしい。年寄りばかりだしね。
あまり近づくと他の人の顔が写って加工するのが面倒くさい。
この頃は、写真を撮るときからそんなことを考えるようになった。
車のナンバーが見えないようにとか。
内海湾(うちめわん)という場所なのか。ここも日本遺産。というか、島全体が日本遺産みたいなもの。
原の辻一支国王都復元公園
広い原っぱ。遺跡を復元した建物が点在している。
「原の辻」と書いて、「はるのつじ」と読む。
九州では「原」を「はる」と読むパターンは多い。「田原坂(たばるざか)」とか「山原(やんばる)」とか。
「一支国」と書いて、「いきこく」と読む。魏志倭人伝に記されている国名。
その王都であったと特定された遺跡だそうで、紀元前2~3世紀から紀元3~4世紀頃にかけて形成されたという。
佐賀の吉野ヶ里遺跡でも同じようなものを見た。いわゆる竪穴式住居。
中を覗くと、誰かいる!
日本最古の「権」が発見された場所らしい。
「権」とは竿秤のおもり。これを持つ人は交易などで力を蓄えたであろう人たち。
「権力」とか「権威」という言葉の由来になったという話。
高床式倉庫。
門柱の上に鳥。ずっと後の時代に鳥居に進化していったとか。
足が十本ある高床式倉庫の鼠返し。
米など穀物を貯蔵するため、土台を頑丈にし、ネズミが柱を登れないように鼠返しをつけた。
土壁の丸い形の建物があったこともわかってきたらしい。
発掘調査中なので、古代史を塗り替えるようなすごい発見がまだまだあるかもしれないと聞くと、やっぱりロマンを感じるねぇ。
2001年にはムンクの叫びのような「人面石」が発掘されて、話題になったらしい。知らんかったけど。
いろいろ知った風な口をきいてきたが、これもまたすべて受け売り。
この復元公園は、専門のガイドさん(おっちゃん)が50分間ぐらい説明しながら回ってくださったのだ。かなり専門的な話だったので、全部は理解できなかったけど。
何も知らずに回るのに比べて、はるかによくわかっていいな。
個人で行ったら、それぞれの価値や意味をわからぬまま、ぐるっと回って(遠くから眺めて)20分くらいでサヨナラしてたに違いない。
ツアーのメリットの一つじゃな。
さあ、最後のスポットへ。
酒蔵見学
今回お世話になったのは、
壱岐の蔵酒造。
樽の中は、全部焼酎。
甕の中も、全部焼酎。
外にあるドでかいタンクの中も、全部焼酎。
そんなに飲みきれないよぉ。あほか。
明治時代には55軒あったという酒蔵も、現在は7軒。
昨夜の夕食で、ちょっとずつ味わったけどな。
説明してくれたおねえさんが、話がうまい。商売がうまい。そら、買うよ。買わなしゃあないやん。
あ、おねえさんって、ホンマのおねえさんよ。いや、ホンマのおねえさんは年上か。
おばさん おねえさん、じゃなくてホンマに若いおねえさんだからね。
だからどうよ。いやいや、そりゃ売れ行きに影響あるでしょ。
全種類試飲ができる。飲み放題。量も自由。
せっかくなので数種類は飲んだけど、やっぱり麦焼酎はあまりわからない。おいしいとは思うけど。
二千年の夢 42度。ほとんどウィスキーよ。
例の酒造のおねえさんによると、冷凍庫に2~3日入れてから飲むと、トロッとしてそれはそれは美味らしい。
私、今冷凍庫に入れております。まだ飲んでおりませんの。
郷ノ浦港ターミナル
ここで、バスとお別れ。もちろんバスガイドさんやドライバーさんともお別れ。当たり前じゃ。
時間の余裕があり、土産物を見たり、ぼーっとしたりして過ごした。
ここから博多港まで、ジェットフォイルで約1時間10分。
本を読んだりしているうちに、もう着いた。
博多港ターミナル
博多ポートタワー。
ここから博多駅まで、渋滞しまくり。
車窓からは、対馬や壱岐とは全く違う風景が見えた。
大都会やからね。
博多駅に着いて思ったこと。
若者がいっぱいいる。三日間ほとんど中高年しか見てないからな。
弁当やビールを買い込んで、新幹線に乗り込んだ。
新大阪着が21:58。遅いけど、予定通りだから仕方ない。
三日間、ずっといい天気。
天気がいいと、気分もいい。天気がいいだけで、景色も何杯もきれいに見える。
ヘタな写真も少しはきれいに見えるのがありがたい。
対馬では、運よく韓国・釜山のビル群がうっすらと見えた。
ツシマヤマネコもちゃんと見ることができた。
壱岐では、モン・サン=ミシェルに渡れた。←違うよ。小島神社よ。
偶然にも鬼凧の凧揚げを間近で見られた。
もちろん猿岩もとてもチャーミングだった。←これは運が悪くても見られる。
ガイドさんも添乗員さんも参加者のみなさんも、
「日頃の行いがいいから」というお決まりのフレーズを何度も発していた。
そういうことにしとこ。
お疲れさまでした。
また来年、どっか行こ。